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福重の名所旧跡や地形

大村市今富のキリシタン墓碑(今富町)
今富のキリシタン墓碑 場所:長崎県大村市 今富町
 この『大村市今富のキリシタン墓碑』は、長崎県指定史跡で指定年月日は、1963(昭和38)年5月8日です。所在地大村市今富町586の1にあります。

(左写真は、今富のキリシタン墓碑)

 
下記に『福重のあゆみ』及び『大村史談 第19号』(下記見取り図)の本から、引用して紹介します。

今富のキリシタン墓碑
 大村市今富町地堂の一瀬さん宅に隣接した林の中に「不染院水心日栄霊」と刻まれた墓があります。

 一見、仏教徒の墓ですが、この墓石の上部には「干十字」という十字紋が刻んであり、形もかまぼこ型です。これは典型的なキリシタン墓碑です。

 十字紋のある面を正面にして、かまぼこを置いたように伏せてあるのが本来の姿で、半円柱蓋石墓碑といわれるものです。

 キリシタン取締りが厳しくなり、キリシタンの墓の破壊が行われるようになったとき、この墓は仏教徒を装うために、底の部分を正面にして仏式の戒名を彫り、縦に起こして仏式の墓碑に改造したものとみられます。

 この墓碑は一瀬栄正のもので、一瀬栄正は1563年に純忠が重臣25名とともに洗礼を受けたときの一人で、1576年に没しています。栄正の子・治部大輔がキリシタン墓碑として建て、後に仏式墓に改造したものと考えられます。

 この墓碑はキリシタン墓碑は「長崎県指定史跡」となっています。なお、この墓碑の右脇に、四角い「手洗鉢」があります。これも、かまぼこ型のキリシタン墓碑を改造したもので、一瀬栄正の妻の墓だった可能性があります。栄正の妻は前述したとおり、少年使節の一人である、中浦ジュリアンの叔母に当たる人とされます。(以上、『福重のあゆみ』より引用)

(第一次掲載日:2007年3月26日)



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