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大村の歳時記シリーズ   ひな祭り・桃の節句  
(写真1) ひな飾りの一例 (写真2) 桃の花(弥勒寺町、2019年4月4日撮影)
 (写真3)  桃の節句、イメージ写真>桃饅頭(ももまんじゅう)  (写真4) (中央部の手前と奥側は)立雛(たちびな)
(画像5) 桃の節句、イメージ写真>さくら餅(さくらもち)
(画像6) 桃カステラ
 
(画像7) ひなあられ(市販の袋)

ひな祭り・桃の節句(ひなまつり もものせっく)

用語解説:広辞苑より次の<>内に列記している。
 ・ひな祭りとは、<3月3日の上巳(じょうし)の節句に、女児のある家で雛壇を設けて雛を飾り、調度品を具え、菱餅、白酒、桃の花などを供える祭り。>

 ・桃の節句とは、<3月3日の節句をいう。上巳(じょうし)。>

 ・上巳(じょうし)とは、<五節句のひとつ。陰暦3月の初めの巳(み)の日、後の3月3日。主に女児の祝う節句で、雛(ひな)祭りをする。宮中では、この日、曲水の宴を張った。桃の節句。三月節句。重三(ちょうさん)じゅうみ。>

 ・雛(ひな)とは、<女児などの玩具とする小さい人形。紙または土を原料として作り、多くはこれに着物を着せる。古く平安時代からあり、初め立ち雛(紙雛)が生まれ、室町時代には座り雛(人形雛)となり、江戸中期以後は今日の雛人形が作られるようになり、雛祭に飾った。雛人形。ひいな。>

ひな祭り・桃の節句の概要紹介
 ひな祭り桃の節句も、その語源(由来)や、その行事の歴史(変遷)をたどれば、平安時代頃からの長い歴史があるようだ。今では、極簡単にいえば、女の子のすこやな成長を願い、祝う行事といえる。

 上記の広辞苑の「上巳(じょうし)」の解説通り、ひな祭りをおこなうのは、元々は「陰暦3月の初めの巳(み)の日」だった。そのため、全国でも大村でも昔から旧暦で、ひな祭りを長年祝ってきた。そして、近代になり(推測ながら新暦になって相当の年数経ってから)、その「(み)の日」から、新暦の3月3日になったと思われる。

 また、私が見た範囲内だが、戦後も相当してから大村でも新暦の3月3日に合わせて、かなり前から雛飾り(ひなかざり)などを準備して、当日を祝うのが定着してきた。あと、昔から風習の名残もあるので、現在でも旧暦の4月3日も当然ある。

 雛飾り(ひなかざり)飾り付けも、各家庭で様々である。例えば童謡・唱歌の「うれしい ひなまつり(サトウハチロー作詞、河村直則作曲)」に詠われている(写真1)のような雛飾り(ひなかざり)そのものもあれば、男雛(おびな)女雛(めびな)の一対だけとか、また、(写真4)の立ち雛(たちびな)座り雛(すわりびな)などまで、実に色々な飾りつけがある。

 また、雛飾り(ひなかざり)飾る期間も様々あるが、特に定まった期間などはないようだ。つまり、各家庭で、お好きなようにすれば良いということである。

桃の節句にまつわる食べ物
 このひな祭り桃の節句前(約1ヶ月前)から、これにまつわる食べ物が、たくさんある。例えば、このページ掲載中の(写真1)の桃饅頭(ももまんじゅう)、(写真5)のさくら餅(さくらもち)、(写真6)の桃カステラ、(写真7)のひなあられをはじめ、さらに「菱餅(ひしもち)」「チラシ寿司」「はまぐりのお吸い物」などである。

 さらに、地元・大村では、お祝いごとの定番食である「大村寿司(角寿司)」もあるのは、当然だろう。あと、お酒も「白酒」や「甘酒」などがある。 (ご参考までに、商魂たくましい「ひな祭りにまつわる食べ物販売サイト」では、もっと多くある)

桃」の節句と端午の節句の違い
 


   (この原稿は準備中。しばらく、お待ちください)


桃の節句の食べ物


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補足

 (この原稿は準備中。しばらく、お待ちください)




初回掲載日:2022年2月28日、第二次掲載日:3月3日、第三次掲載日: 月 日、第四次掲載日: 月 日、第五次掲載日:5月 日
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